くるんできみへ伝える

 会議が行われた会場の人気のない一室。そこで優雅に紅茶を飲みつつ紳士の読み物をじっくりと読む。家でゆっくりと読むのもいいが、こういうところで楽しむのもまた格別だ。……、ふむ、これはなかなか。

 

「ケーッセッセー!超小鳥クールに俺様参上!」

 

 騒がしく現れ、俺の読書タイムに水をさしてきたのはドヤ顔のギルベルト・バイルシュミット。キラキラと輝くプラチナブロンドに瞳は青と桃の不思議な色合いをしていて、体には程よい筋肉が無駄なくついているそいつは傍からみるとどこかのかっこいいモデルに見えるが、しまりない顔で口を開いたりするととてつもない残念感に襲われる。そいつの手の平にはギルベルトらしい白と黒がデザインのケーキボックスがちょこんと鎮座していた。24cmぐらいのものは軽く入れられる大きさだ。

 

「俺様特製のアップルパイだぜ!美味すぎて感動しちまうからな?!特別にお前にプレゼントフォーユーだぜ!」

 

 俺の目の前まで来るとケーキボックスを差し出してそう言ってきた。かすかに甘い香りが鼻をくすぐってくる。ギルベルトに目線を戻すと絶対に受け取ってくれるという自信と期待に満ちた表情で俺を見ていた。

 

「は?別に感動したいとも思わないし、お腹も空いていないからいらないぞ」

 

 これは事実だ。先ほどアフタヌーンティーで甘いものを食べてゆっくりしたばかりだし、わざわざ感動したいとも思わない。そもそも素人が作ったアップルパイを食べただけで感動するわけがないだろ。

 

「んなっ!?俺様のアップルパイが食えねぇって言うのかよ!?そんなの認めねぇ!」

「お前の大好きな大好きな可愛い弟にでもやればいいだろ?なんでわざわざ俺に食わせようとして来るんだ」

「い、いや……今回はルッツじゃダメなんだよ。これはお前のために作ったアップルパイだからな」

「え……俺のために?」

 

 相手の意図がわからずに不思議な虹彩をした瞳をジッと見つめる。なんで俺なんだ?その疑問は次に返答される。

 

「強引にとはいえバレンタインのチョコをもらったからな。そのお返しだぜ」

 

 バレンタイン。一ヶ月前、日本の新年空けてすぐにくる大イベントを、自分でピンク色をしたハート型のチョコを作って一人で過ごすところを、通りかかったギルベルトがチョコをくれと隣に座ってきたんだ。仕方なく了承をするとさらには口渡しがいいと言いその時限定の恋人ごっこをさせられた。

 こいつはチョコを食べるだけではなく、軽く触れるだけのバードキスから始まり、途中から甘くとろけそうなフレンチキスをたくさんたくさんしてきた。思い出して自然と頬に熱が集まるのを感じ、持っていたカップを机にあるソーサーに置いて右腕で顔を隠す。すっかり忘れていた……いや、正確には忘れようと頭の隅に追いやっていた。あの時の俺はどうかしていた。あんな出来事覚えていたらどうにかなってしまいそうだ。すでに脳が沸騰し目が回りそうな状態の中、やっとの思いで言葉を返す。

 

「お、お返しなんてい、いいいいらねぇよばかあっ!」

 

 ああいうことをしてきた意味がわからなくて……わかりたくなくてお前に得はあるのかと聞いたら一ヵ月後だと返ってきたんだ。そういえばちょうど一ヶ月が経過している。お返しするにもなんで一ヶ月も間を空けたんだ?

 

「いらねぇじゃねぇよ!俺様の心のこもったアップルパイだぞ?!受け取りやがれ!つかこんなもん昼間っから真顔で読んでんじゃねぇよ変態紳士!」

 

 逃げる暇もなく一気にずずずいと距離を詰められると持っていた本を奪われ思い切り遠くへと投げられた。

 

「あっ!おい、なにすんだよ!?ふざけんな!」

 

 急いで拾いに行こうとギルベルトを避けて椅子から立ち上がろうとしたら、通常時より敏感になっている足の間のそれを膝で軽くツンと押され、触れたとこから体中に快感が走りぬけ再びへたりと座り込んでしまった。

 

「ふぁっ、んん……!な、なななっ……!!???」

「ケセッスケベエロ眉毛め。一ヶ月前の続きだアーサー」

「つ、つづ、き?」

「今からまた恋人同士。だからあんな本じゃなくて俺様だけを見てろ」

「な、なななにする気だ……?」

 

 相手がなにをするのか考えると少し怖くなった。またあんなことをしてくるのか?変な気持ちにさせられてまるで自分が自分じゃないみたいだった。

 

「なにってアップルパイをお前に食べさせるだけだぜ」

「そ、そうか」

 

 ほっとして一息つくとによによと嫌らしい笑みを楽しそうに浮かべてくる。

 

「……なんだよ俺に他のこともして欲しいのか?」

「ひゃうぅんっ」

 

 また感じやすいところを絶妙な力加減で攻められ変な声が出てしまった。これは不覚……恥ずかしさで涙が目に溜まりギルベルトを睨みつける。

 

「ぷーっ!安心しろ、本当にアップルパイを食わすだけだからよ」

 

 普段の笑う表情のあと柔らかく笑みを浮かべてくる。これは本当に信用してもいいのか?

 

「……本当、か?なら膝をどけろよ」

「おいおい……そんな俺を誘ってくる顔で見られたら約束できないだろ」

「なっ……!?さ、誘ってない!!」

「ちぇっちぇっちぇーなんだよつまんねぇな」

「つまらなくていい!!」

「まあ、逃げられたらせっかくの俺様のアップルパイが無駄になっちまうからこのままな」

「やめっ……!?ひぇっあぅ、やっやぁあ、ぎるっ、ぎるぅうっんんぅうはげしっ、ぁっあぁんんんッ」

 

 あやすようにしつこく刺激され聞きたくもない自身の喘ぎ声を聞かされた。継続的な小突きに悦楽を得てしまい体にまったく力が入らない。この野朗あとで覚えとけよっ……!!?この俺にここまでの屈辱を味あわせているんだ!ただでは済まさねぇ!バレンタインのもかねてたっぷりお礼しないとな!

 

「ただ膝でつっついてるだけだろ。思考だけじゃなくて体も声も反応もエロいとか……これだけでイケるんじゃね?」

「ぅ、うぅー……ばかあ……!」

「ケセセッそんな目で見てくんなよ。エロ本読んでたお前が悪いんだろ?」

 

 空いた手の親指で目元を拭ってくれる。非常におもしろいおもちゃを見つけまだいじりたりない小学生のような顔をしていたが、やがてケーキボックスを開けた。かすかにしか匂わなかった甘い香りが辺りに漂う。中に入っていたアップルパイはこんがりきつね色の焼き目がついており、すでに性格を表すような見事なカットを施されていて、高級洋菓子店で並んでいても違和感がないぐらいとても美味しそうに見える。弟に家のこと全部任せっきりで料理なんてまったくしなそうなのに、なんでこんなに上手く作ることが出来るんだ?

 

「これ本当にお前が作ったのか?どこかの売り物かヒゲが作ったものじゃないか?」

「ケセセセッなんだよ褒めてんのか?嬉しいぜ。もちろん俺が作ったもんだ。見た目だけじゃなくて味もすげぇうめぇからな!ほい、あーんだぜ」

 

 ケーキボックスを置くと、一切れだけ手にし俺の口元までアップルパイを運んでくれる。な、なんだこれは恥ずかしすぎないか?その気持ちを紛らわすために質問を投げかける。

 

「な、なあ一ヶ月空けてお返ししてきたのはなんでだ?」

「あ?お前本当に知らないんだな。今日はホワイトデーっていって、バレンタインにもらった物のお礼をする日なんだぜ」

「そんな日があるのか……」

 

 また一つ日本のことを知れた。その嬉しさに笑みを浮かべ、今度のバレンタインに自分じゃなくて世話になってる本田にチョコをあげてみようかなんて考えていると、面白くなさそうな顔のギルベルトに軽く額を小突かれる。

 

「いてっなにすんだよ?」

「笑ってんじゃねぇよ。どうせ本田のこと考えてたんだろ?」

「なんだよ悪いか?!」

 

 というかなんで本田のこと考えてたなんてわかるんだよこいつ!?

 

「悪い!すっげぇ悪い!俺様だけを見てろって言っただろ?!俺様以外のヤツを考えるの禁止!」

「……思考の自由もないのかよ」

「いいからさっさと食え。ほれ、あーん」

「……あー、むぐっ!?」

 

 もやもやしたまま口を開けると一気に突っ込んできた。唇にギルベルトの指が当たったがそんなことをずっと考える余裕はない。飲み込もうと必死に咀嚼する。サクッとしたあとにふわっとする柔らかなパイの触感に顔の緊張がほぐれていき、シャクシャクと心地よい歯ざわりが感じられる甘いりんごにホッとして気持ちが静まり、甘すぎず口当たりが優しいカスタードクリームに胸の辺りがキュッとした。これは紛れもなく……すごく美味い。なぜか体温がわっと上昇し、心臓がうるさく鼓動する。落ち着かなくて両手を胸の所へやった。なんだこれは……美味すぎて感動しているのか?いや、感動はしているだろうけど、これは……普通の感動とどこかが違う。

 

「どうだよ?すげぇ美味いだろ?俺様がこの美味いアップルパイをお前のために作ったと思うと感動するだろ?」

 

 自信満々にドヤ顔でそう聞いてくるギルベルトに小さく頷く。とても悔しいが俺は感動してしまった。

 

「まあ実際はこれほど美味く作れないんだろうけどな俺」

「どういうことだ?」

「お前のことだけを想って作ったからだと思うぜ」

「……へ?」

 

 相手の言葉に瞬きを数回素早く繰り返す。

 

「実はもう一枚味見用の作ってたんだけどよ、すげぇ美味くてびっくりした。比べるのはおかしいと思うけど、普段作るホットケーキより何倍も美味く感じたぜ」

 

 なんだこいつ普段も作ったりするんだな……でも毎日作ってる俺ほど作ってる感じじゃないし、料理のセンスあるのかもな。……べ、別に羨ましくない!まったくこれっぽっちも羨ましくなんかないんだからな!?

 

「自慢じゃねぇけどアップルパイみたいなしゃれたもん作るのは初めてだったんだぜ!」

 

 そういいながらも自慢そうに胸を張っている。……殴りたいがまだ少し体を動かすだけの力が戻っていない。

 

「……なあ、俺の気持ちちゃんと伝わったか?」

 

 ジッと熱っぽい視線を送ってくる。不思議な色の瞳は俺を捕らえて放そうとせず、俺もまたその瞳に惹きこまれる。やっと少し動かせるようになった手でギルベルトの左手を掴んで自分の胸に持っていった。

 

「…………苦しい。お前のアップルパイ、なにかの魔法がかかってたみたいだ。食べてからすごくドキドキするんだ」

「マジか!すげぇ嬉しい!」

 

 パッと顔を明るくしたと思うと、そのまま服越しに揉みしだいてくる。

 

「ぁっんんんっ、お、おい、さりげなく揉んでくるなセクハラ野朗!!そこまで許可した覚えはねぇぞ!!?」

「ケセセ!鍛えがいのありそうな胸筋だな!俺が揉んだら大きく立派に育つかもしれねぇぞ?!もみもみー!」

「な、なるかばかあっ!!」

 

 油断も隙もあったもんじゃねぇ!!完全に力が戻った俺は先ほどの辱めの分も含めた渾身のキックをお見舞いしてやるが、ギルベルトはわかっていたかのように素早くガードしてくる。この野朗……!

 

「ケセセセセッ!重くていいキックだぜ!さすがアーサーだな!」

「チッしぶといやつ」

「俺様はすげぇ強いからな!」

 

 自信溢れた表情からふと真面目な顔になって跪くと、優しく俺の手を握ってきた。突然の豹変に心臓が高鳴る。

 

「ドキドキするってことは、俺と付き合ってくれるのか?」

「えっ、……そ、それとこれとはべ、べべ別だろっ」

 

 なんで俺がギルベルトと付き合わないといけないんだ!そう思ったのもつかの間、手のひらにキスを落とされる。手のひらは懇願だ。柔らかな感触が忘れられず、されたところが特に熱を持っているように感じる。こうされると容姿に非の打ち所がないギルベルトは、まるでどこかの王子様みたいな凛々しい騎士のようで、自分がお姫様のような錯覚が起こってしまう。

 

「俺じゃダメなのか?」

 

 整った顔立ちを再度俺に向けジッと見つめてくると、普段の力強い声からは想像が出来ないぐらい柔らかな声色でそう言ってきた。そのあまりのかっこよさに胸がキュッとなる。空いている手でキュッとなった部分を押さえた。

 

「…………ダメ、じゃない」

 

 そう無意識に口にしてからハッとした。乗せられてどうするんだ俺!?でもギルベルトと恋人になってもまったく嫌な感じはしない。自分の想いに気づき困惑する。……俺、もしかしてこいつのこと好きだったのか?

 

「本当かっ!?ケセセセセッやったぜ!やっとアーサーを手に入れた!」

 

 数秒前の大人な雰囲気から一転して、目を輝かせ花を咲かせる子供っぽい表情に変わり、また自身の心が飛び跳ねる。

 自分がいつから好きだったのかと想いを辿ると、突然なぜか料理を食わせろと電話してきたあの日を思い出す。俺の料理を食べて倒れられたり吐かれたり暴言を言われるのは慣れていたが、あの時はわざわざ家にまで食いに来たのに倒れるなんて失礼なヤツだなと思った。それで後日電話でまた来いよと伝えたはいいが全然来ないあいつにムキになって定期的に料理して無理矢理食わせてるうちに、本気になれば俺より強いから拒否すれば食べずに済むはずなのに食べてくれるギルベルトが嬉しくて嬉しくて、いつの間にか気になり始めていたのかもしれない。

 ギルベルトに食べさせようと前より頑張って試行錯誤して作っていたおかげか、少しは作る料理がマシになったんだ。最近は美味いって言って笑ってくれるけど、まだ無理してると断言できる。いつか本当に美味しいもの作って心の底から美味いって言わせたい。

 見計らったかのように妖精さんからおめでとうアーサーと一輪の花を手渡された。この小さな花は……確かりんごの花だ。

 

「ん?なんだその花?」

 

 持っていた花をひょいっと奪われると、ニッと笑みながらよくわかんねぇけどこうした方が可愛いぜと髪に挿された。なんでそんな恥ずかしいことを簡単にやってのけるんだ?顔が熱くなっていくのにあわせ目を逸らす。ギルベルトは軽々と俺を横抱きし、その場でグルグルと2、3回まわった後そのままギュッとしてきた。こいつがなにかをするたびにときめく落ち着かない気持ちにどうしたらいいのかわからない。

 

「お、おいなにしてんだよ!?下ろせ!!」

「超可愛いアーサーは俺様のもの!!超小鳥クールな俺様はアーサーのものだぜ!!」

 

 もうどのくらい目にしたかわからないドヤ顔ですごく俺様なセリフを吐く俺の恋人は、かなりムカツクがやはり似合っていた。

 

「絶対にお前のこと世界一幸せにする!すっげぇ大切にしてやるからな!」

 

 向こうからピタリと額を合わせてくる。目を細め微笑むキレイな作りの顔立ちを近距離で眺める状況になった。お互いの吐息を感じる近さに胸がキュンとなる。こういうのは初めてだけど、悪くない……かもしれない。

 

「あ、当たり前だばかあ……ずっとずっと一緒だからな?」

 

 りんごの花言葉は選ばれた恋、そして――永久の幸せ。妖精さんに祝福され、いつまでも幸せになれる予感がした。


プライベッターに載せようと思って結局載せなかったものその2です。

 

バレンタインの一か月後、ホワイトデーのお話。

意味深な終わり方をさせたので続きを書きたくなったんです。

単体で終わらせたつもりなので、主人公は変えました。

 

お気に入りの作品ですが、結構黒歴史ですぇ(

ちょっと後ほどいろいろと修正するかもしれないですね……

きちんと男らしくも乙女なアーサーちゃんと、

騎士様のような子供っぽいギルちゃんが理想のギルアサ……DEATH人