不幸な鉢合わせ
帰りのSHRについうとうとしてしまった俺は、よだれをたらしながらハッと起きた。
「うっわまたバイト遅刻だ!店長に怒られるっ!」
すでにバイトのシフト時間を大幅に過ぎていた。
時間が決まっているものはかなりの確立で遅れてしまうのが俺だ。遅刻癖は直したいとは思っているけど、それが直ることはない。もう少し時間に余裕を持たないと駄目なんだろうな。
荷物をまとめて腕時計の針がカチカチと正確に刻むのを見つめながら、廊下を駆け抜けようとした。あ、ヤバイ!そう思ったときには、視界の端に映るそれに足を引っかけて2mぐらい軽く前に吹っ飛び、顔面からスライディングした。今の格好はよく時代劇で、殿様が通る際に「ははあ~」と大げさに頭を下げている人のような、そんな状態。
顔全体がジワジワと熱を持ち始める。顔面がすごく痛い。もうありえないぐらい痛いどうしよう。
「……し、しくった。今なら死ねる、気がする……ぐふっ」
「面白いアクションだったな。土下座の練習か?」
ケツに鈍い衝撃が走る。これは蹴られたな。
「いてっ。俺、そういう趣味ないんだけど」
痛みをこらえて仰向けになると、メガネを押し上げニヒルな笑みを浮かべるヤツがいた。実にむかつく表情である。
痛さのあまりに目に涙が溢れ、眼前の顔がぼやける。
「く、くそやっぱりお前か」
「廊下を走るお前が悪い」
「……まったくもって正論です、はい。泣けてきますよこんちくしょー」
「何を言っているんだ。泣けてくるというか、お前実際に泣いているだろう?」
こいつバカだなと完全に見下した目線を向けられる。
俺は寝ぼけ脳みそですっかり忘れてた。この時間帯はこいつ……宇佐美総司が教室の前の廊下を這って、雑巾で念入りに汚れたところをキレイにしているんだ。
潔癖症な宇佐美は、放課後になると廊下の隅々までキレイにする習慣がある。ヤツいわく、キレイな学校で学べばテストではいい点が取れるはずだ、と。それが関係しているのかは定かではないが、学年一位どころか、全国でもトップクラスだ。そのせいでこいつは先生たちの間ですごく評判がいい。
俺はこいつとあまり話したことがない。それどころか、こいつが友達と呼べるようなヤツと話しているところをみたことがない。人もひきつけないようなオーラだしまくってるから誰も近寄らない。顔はそこそこいいせいか密かに女子に良く思われてるのはいけ好かない。
一つだけ今の少し交わした会話でわかった。俺、こいつすげぇ嫌いだわ。
「あ、あのさ。なんで俺の腹踏んでくんだよ」
「そこに腹があるから」
遠慮なく俺を踏んでくるこいつは、絶対サドだ。しかし俺はマゾじゃない。
「うぷっ……やべぇ、ゲロるわ」
「本当に吐かせてやろうか?」
「……お前何する気だ」
雑巾をちらつかせる宇佐美をみて、嫌な予感がした。
「やべぇ、いじめだ!完全なるいじめだ!!キャーせーんせー!!」
「チッ、騒がしい」
ヤツはそのまま俺の顔面めがけてマジで雑巾を投げてきた。
「ちょ、なにすっぎゃぁあああぁああっ?!」
なんとか自由に動く腕でそれをキャッチする。
「人のやることとは思えねぇ……!」
「……まぁ、これぐらいにしておいてやる」
「ま、マジっすか!あざっす!!」
少し物足りなそうに足をどける宇佐美。
「掃除をしていたら僕の右横腹を蹴ってきたやつがいたからな。倍返しをしようかと思ったが、この時間になんの価値もない。不毛だ」
「お前ほんとにクソひでぇな」
「それはどうも。褒め言葉だな」
「なんでそうなる?!」
しれっとお礼を言ってきた宇佐美を見つつ、軽くため息をついて気持ちを落ち着かせる。なんで俺こういうことになってるんだか……
「……で、お前バイトに行くんじゃなかったのか?さっきの独り言思い切り聞こえていたぞ」
「うわぁああそうだった!!」
急いで起き上がろうと腹に力を入れたら激痛が来て再び床に転がった。
「……うん、これはもうあれだ、諦める。無理だ」
内ポケットからスマホを取り出してバイト先に連絡をする。
「おはようございます。あのすみません、今日俺、休みます。はい、すみません連絡が遅れて。なんかもういろいろなところが痛くて。え?いやいや成長痛じゃないですよ。これ以上伸びたら困りますって。……はい、はい。明日はきちんと行きますので、はい……あとで杉野さんにも謝っておきます。よろしくお願いします……」
電話を切って息をついた。
「……俺このまま寝る」
「お前がここで寝たら僕はお前に何をしてもいいということだな?」
「いやいやそれはやめてくれ!!」
「正直ここに寝転がったままのお前は、ゴミ以外のなにものでもない。ゴミはゴミ箱行きだ」
「え、人のことゴミっつった!?聞き間違えじゃないよな?!」
「安心しろ、お前の耳は正常だ」
「なんちゅー恐ろしい奴だろう!」
宇佐美のあまりの酷さに泣き寝入りしようとしたら、目の前に手を差し出してくれた。
「え……いいのか?」
「……ゴミをいつまでも廊下に放っておくわけにはいかないからな」
「いつまで人をゴミ扱いするんですかねっ?!」
「とりあえず立ち上がるまでまでだな」
宇佐美は俺の手を掴むと、引っ張りあげてくれる。
「はぁ、酷い目にあった……」
「それはこちらのセリフだ」
「……へいへいさーせん。でも元はといえばお前が廊下に這いつくばっていなければ――」
「黙れ」
宇佐美は俺の唇をもぎ取るんじゃないかってぐらいつまんできた。
「んーっ!?んんんー!!」
てかその手は雑巾掴んでた手じゃないっすか宇佐美さん……
やっと放してくれたときにはヒリヒリと唇が痛むことになってしまった。
「おま、今日のこの時に俺をどれだけ痛い目に合わせれば気が済むんだ……」
「僕が飽きるまでだな」
「なん、だと……」
「これぐらいで済むとは思うなよ?」
嫌な笑みを浮かべて俺を見据えてくる。やっぱり俺はとんでもないヤツと関わってしまったらしい……
「これから覚悟しておくんだな、国谷千影」
俺の高校生活は、このときを境に最悪なものへと変わっていくが、それはまた別の話。
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