とろける想いのゆくえは
俺はイベントごとや祭りが大好きだ。だからいろいろな国のそういった行事は自然と覚えた。
今日はバレンタインという日だ。特に日本では恋するヤツが好きなヤツにチョコで気持ちを伝えるイベントだ。だけど近年では好きなヤツにあげるだけに留まらず、仲の良い友達や職場の上司などにもあげるらしい。
そんなイベントの日で今日はロ/シ/ア全体での会議がある。俺様は今、無性にチョコが食いたかった。本田が何か作って持ってきているかもしれない、そんな思いで今日も俺は会議場へと足を向けた。会議前ということもあり、すでにみんな集まってきていた。当然のようにお前何しに来たんだよとちょっかいをかけられる。別に減るもんでもねぇし俺が来たっていいじゃねぇか。
周りを見渡すが、本田の姿は見当たらない。手当たり次第に探してみるかと、まず目に入った応接室の扉を開けた。ビクリと肩を震わせるやつが一人だけポツンとソファに鎮座している。そいつは桃色をしたハート型のすごく可愛らしいチョコレートを一人で口にしていた。顔は見えないが、斜め後の姿でもすぐにわかった。天使の輪が輝く、乱雑だけど決してケアをしていないわけではないとわかる特徴的なブロンドの短髪。俺はその人物の名前を口にする。
「……アーサー」
再びピクリと体を跳ねさせ、実際の年齢よりも幼く愛らしい顔立ちを自身の肩越しからチラリとこちらに覗かせる。うっすらと染めている頬は冬眠前の子リスのように膨らませており、いつもよりさらに子供っぽく見えた。見開かれたエメラルドの瞳が合うなり、短髪を遙かに凌駕する特徴的な太い眉毛をひそめ口を開く。
「な、なんだよギルベルト?そんなに俺を見てきてもなにも食べる物持ってないからあげられないぞ?」
わざわざ食べるものを持っていないと言い、チョコが入っているであろう小箱を俺に見えないように隠してくるが、今更隠してもバレバレだ。
お暇だった俺はそんなアーサーの隣に勢いよく腰掛ける。そんな俺を目にし鬱陶しそうに顔を歪めてくる哀れな眉毛に言ってやることにした。
「あのよぉ、いくら日本が大好きだからってなにも一人で日本特有の販促イベントやらなくていいじゃねぇか!自分でハート型のチョコ作ってそれを一人で食ってるとかむなしくねぇ?しかもすっげぇピンク!」
「う、うううぅうるせぇばかっ!あ、いやこれは……そう!妖精さんにもらったんだよ!だから俺が作ったわけじゃないぞ!」
赤、青、白のこれまた可愛らしいデザインの小箱を得意げに見せびらかせてくる。中に見えるチョコを目にすると腹が小さく音を立てた。あまり意識はしていなかったが、どうやら俺は小腹が空いているらしい。チョコも食いたかったしな。
「妖精さんがチョコなんてくれるわけねぇだろ」
「……妖精さんがいるわけないとは言わないんだな?」
目をくりくりにし唖然とするアーサー。何をそんなに驚いてんだろうこいつ?
「俺には見えねぇけどちゃんといるんだろ?お前の友達」
「あ、あぁいる。そ、そその……Thank you」
「あ?なんの礼かわかんねぇけど……」
「……とにかくありがとう、な」
チラチラとこちらの様子を伺いながら珍しく素直にお礼を述べてきた。だが俺はよくわかんねぇ礼の意味を考えるよりも、この中途半端に飢えを訴えてくる腹を満たしたい。アーサーが手にする小箱の中身に目がいく。ここにチョコがあるならこれを食べるまでだ。
「これ溶かして固めただけなんだろ?なぁ、全部自分で食っちまうんだったら俺様にそのチョコくれよ!」
「溶かして固めただけなんていうな!誰がお前なんかにやるか!!ちゃんと俺の心はすごいこもってるんだからなっ?!」
むすーっと頬を膨らませ小箱と共にふいっと顔を逸らされた。そんな様子に笑いが生じる。
「ケッセッ!お前やっぱり自分で作ったんじゃねぇか!自分で食うものに心こめたとか寂しすぎるぜ!」
「あっ……クソッ言っちまった」
悔しそうに頬を膨らませたまま持ったチョコの箱を見てから俺に目を戻し、小箱を差し出してくる。
「し、仕方ねぇな……少しだけだぞ?」
「Danke!あー、でも、ただもらうのはつまんねぇし、口渡しとかどうだよ?!」
せっかくアーサーの心がこもったチョコを本人からもらうなら恋人みたいなことがしたい。
「はぁあっ?!な、何言ってんだよお前!そ、そんなこ、こ恋人でもないのにこっここここっ恋人同士みたいな真似で、ででできるわけねぇだろっ!!?」
赤面してそうどもる相手に思わず笑みがこぼれ、提案してみる。
「ケセ!んじゃ今から少しの間だけ俺らは恋人な!それならいいだろ?」
「い、いいいぃいいいわけねぇだろばあかっ!!」
「恋人同士なら口渡しでもいいんだろ?ほら、こうしてマフラーを一緒に巻いたら恋人っぽいし、あったけぇだろ?」
自分がしていた長めのマフラーを外し、自分とアーサーの首を合わせて巻いてやる。さっき一人でしていた時よりもあったかく感じるし最高の気分だ。
「な、なに勝手にマフラー巻いてんだよっ!?人の話を聞け!」
「ほら、アールトー俺様はチョコが食いたいぜーチョーコーはーやーくー」
「なんで俺がやらないといけないんだよ!?絶対に嫌だ!」
口を尖らせ騒がしくねだると、アーサーは立派な眉をひそめ頬は朱色にしてそういうものの、躊躇いながら口にチョコを銜えて俺が食うのを待った。
「とかいいつつやってくれるんだな。さすがアーサー様だぜ!やる気満々だな!」
「こ、これはお、おおお前がマフラー巻いてきてうるさくどうしてもって言うから……って、べ、別にお前のためじゃないんだからな!勘違いすんなよ?!」
どうやら目の前のツンデレは今日も通常運転らしい。ここまで典型的なのは珍しいよな。
「ケセセッはいはいお前のためだよな」
「お、おお俺のためでもないからな!」
なら誰のためだよと突っ込みたくなる俺。だけど本当は俺のためだってわかってるから言わなかった。
「た、たた食べるなら早くしろギルベルトっ!溶けてきたぞ!」
「早くしてほしいならギルって呼んで可愛くねだってくれよ。今の俺らは恋人同士だろ?」
多分一度は丁寧に包装していたんだろうな。ふとソファに目を移すと、小箱と同じようなデザインの包みと、白と赤い色をしたリボンが横にキレイにたたんで置いてあった。俺はリボンを手にしアーサーの髪にくくりつけてやった。なにもせずリボンを結ばれたアーサーは恥ずかしそうに視線を逸らし、2拍ぐらいの間を開け再び俺に戻す。
「……ギ、ギギィギッギギっ」
さらに真っ赤になって同じ音を発する様子を見るとどれだけ必死になって言おうとしているのが伝わってくる。そんな壊れた蓄音機と化した様子が面白くてついつい茶化す。
「ケセセセセッ!怒って歯軋りでもしてるのか?アーサーちゃ――んぐぇっ!??」
一瞬にして表情をなくし無言で良い角度に強烈なアッパーを食らわせられる。刹那、息が止まり咳き込む。限定の可愛い恋人はやっぱりというか手癖が悪い。こいつ俺様を殺す気か!?上を向いた顔を再び相手に向ける。
「ギ、ギルぅ……」
ふと一息をついてから何事もなかったかのように頬をほんのりサクラ色に染め、控えめな上目遣いで見つめてくる。その宝石のような翡翠の瞳は恥ずかしさからなのかキラキラと星を瞬かせ、チョコを銜える薄い唇は小刻みに震わせている。そんなアーサーを間近で目の当たりにした瞬間、心をキュッと掴まれる感覚に襲われる。元ヤンの本質をチラつかせるものの、やはりこいつは中身も外見も文句なしにとても可愛い。俺は少しだけ近寄り、ソファについていた折れそうなほど細い指をした小さい手に自分のを重ねた。
目に入るたびに惹かれる愛らしい顔と動作、料理に刺繍にガーデニングと落ち着いた趣味で細い体をしているのに、どこから溢れてくるのかものすげぇ力と誰にも負けない喧嘩の強さを秘めているアーサー・カークランド。
強いやつは大好きだ。まだまだ大きな可能性があるなら俺がギルベルト式でもっと鍛えて強くしてやりたい。だけど、こいつは違う。強い力を秘めつつ心をくすぶってくるギャップに守ってやりたい気にさせられる。
たったひとこと、俺はお前のことがすっげぇ好きだ、そう伝えることが出来たらどんなにいいだろうか。偽りの恋人じゃなくて本当の恋人だったら?そう考えると余計に手にいれたくて仕方がない。
アーサーの料理を食って来て欲しいと頼まれ家に行っていなかったらこんな想いをしていないんだなと考えると、感謝しても感謝しきれない。こいつは俺が料理を食って倒れたことを根に持ち、また家に来いよと言われたがまったく来る気配のない俺へ、定期的に料理を作っては強制的に食わせてきやがってきて、それは今もなお現在進行形だ。
最初は小鳥のように寛大な心を持った俺様は断らずに食ってやっていたが、クソ不味い料理を食わせてくるアーサーに、なんで俺がこんな思いしてまで不味いもん食わねぇといけねぇんだよと、憎しみを抱かずにいられなかった。回数を重ねるうちに少し慣れたのか美味くなったのかはわからないが失神しなくなり、アーサーの様子を伺う余裕が出た。こいつは料理を強引に押しつけてくるときはゲスな顔して笑ってるくせに、俺が食べるところをみてる時はエメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて本当に嬉しそうに微笑んでいるんだ。自分の料理を毎回断りもせずに食べてくれるやつがいないからだと思うけど、俺は不覚にもそのキレイな笑顔に目を奪われて今まで抱いていた憎しみなんてどっかにやった。それからはアーサーの笑顔が見たくてたくさん喜ばせたくて料理を持ってくるたびにただ食べるだけじゃなくて、感想を述べたり美味いぞって言ってやったりしている。そうしているうちに、俺はアーサーが好きになっていた。
アーサーと対等に接することを競うならばアルフレッド、本田、フランシス。やつらには絶対に負ける気がしねぇ。フランシスには負けるが俺にはアルフレッドや本田よりはある程度本音を言ってくれるし、強靭に鍛え上げた俺の体はアルフレッドには敵わないが遠慮のない暴力を受け流すことが出来るし、普段何もしなくても耐性がついてくる精神力は本田のように曖昧な返答でかわさなくともクソ不味い料理に耐えられる。絶対にアーサーに一番ふさわしいのは俺様だ。
長い思考のあとの「おい早く食べろ」と脅してくる眼光の鋭さに思っていたことを全て追いやられた。……だ、だよな。ショックから若干目に汗がにじみ出てくるのを感じつつ、さっさと食べてやることにした。
「……いただきます」
顔を持ち上げ自分に向けさせてから食べようと顔を近づけると目から射抜くような力強さはなくなり、溶けてしまいそうなほどふにゃっと弱々しくなる。その顔をするのは反則だろ……
本当はチョコだけ受け取って食べるつもりだったけど、チョコを口に含んでからそのまま軽く唇にキスをしてやった。触れたことに気づかなかったのか表情に変化がまったくない。その顔をどうしても変えてやりたくて、小鳥のようについばむようなキスを何回もする。最初目をまんまるにしてなにか暴言を口にしながら抵抗してきたが、ガッチリと腰に腕を回して引き寄せてやった俺の力に敵うはずもなく、次第に反抗してこなくなり目をとろんとさせゆっくり閉じた。それに合わせて俺も視界を遮断する。いい具合にトロトロになったチョコを共有しようと深く口付けて流し込む。
「んっ……!?……ふぁっ、ぁっ、んんぅ」
舌を執拗に絡ませ吸ったり口内を優しく愛撫したり角度を変えたりとなにかをするたびにアーサーのねっとりとした甘美な吐息が漏れる。キスを交わしつつ何度か行ったりきたりする甘い甘いチョコ。やがてコクリと飲み込む小さな音を耳にしてから名残惜しくもやっと口を離した。
見た目通りにいちごが香る甘いチョコレートだった。どうやら本当に溶かして固めただけのものだったらしい。おかげで命の危機に迫られなくてよかったぜ。
「うめめー!」
「ん、そ、そう、か……そ、そそっれは、……よ、かった」
いちごみたいに顔を赤くして口元を押さえ俯くアーサー。普段頭にあるのはアルフレッドや本田、フランシスのことであろうアーサーが、今だけは俺のことだけで頭がいっぱいだと思うと嬉しくてたまらない。これはしばらくによによが止まらないぜ。
アーサーが俺のものだったら、いつでも俺のことだけを考えさせてやるのに。毎日たくさん抱きしめてキスをしてもうこれでもかってぐらい愛して大事にする。こいつが思考を巡らせ、驚いたり照れたり怒ったり笑ったりとくるくる表情を変える様は、新たな発見や愛おしさで絶対に見ていて飽きることはない。今どんなことを思っているんだろうか?この野朗キスまでしてきやがって!あとでしめる!とかだとアーサーらしいよな。
「な、なぁ……俺とこんなことして何がお前の得になるんだ?」
「ケセセッ何がってそりゃあ……決まってんだろ?」
「…………は?わけわかんねぇよ」
わかりやすく明確に言えよと、まだ若干潤んだ眼だけを輝く前髪越しに見上げてジトっと向けてくる。わかってるくせに……そんな相手を目にし、いたずらに笑みを浮かべる。
「なら一ヵ月後、だな」
「一ヵ月後?何かあるのか?」
きょとんとし小首を傾げてくる。バレンタインはわかるのに知らねぇのか。まぁ、わからないならちょうどいい。そこで驚いた顔をみるのもいいだろ。今から楽しみだな。
俺はさらにによによを深め優しく頭を撫でてやると、ムッとした表情で照れつつも俺を上目遣いで見据えてくる。そのあまりの可愛さに手を止めジッと見つめると、もっとたくさん撫でろと言わんばかりにキュッと服の裾を掴んできてネコのようにすりよって甘えてきた。こうしてくるってことは可能性がないわけじゃないよな?まさか実の兄貴に甘えられないからって俺に甘えてきてるわけじゃねぇだろうな?だが、例えそうだとしても絶対に俺のことを意識させてみせる。
俺様のように完璧でかっこいい恋人が出来たらたくさん愛されるし、たくさん自慢も出来てお前にはなにも悪いことはねぇだろ?なあ、俺はお前のことがすっげぇ大好きだ。いちごのように可憐な可愛さで俺様を誘惑した罪、覚悟しとけよ?アーサーちゃん。
プライベッターに載せようと思って結局載せなかったものその1です。
うちのバレンタインギルアサはどんな感じなのかなと思って執筆したものです。
一応単体作品。お気に入りのひとつです。
けんかっぷるっていいですよね……(殴
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