カレとコミュ症なボク

自分 コミュ力より行動力が高い。

店員 コミュ力も行動力も持ち合わせている本屋の店員。

「本にカバーをつけますか?」

 

 どこの店員もいうその何気ない言葉にハッとなる。驚いた反動でサイフから小銭をギャグ漫画のように落とした。

 急いで拾おうと素早くしゃがんだ際、サイフをナナメにしてしまったせいで残りの小銭も全部落とし、店内に音が反響した。近くにいた人の視線を感じる。自分はといえば、散らばる小銭を穴が開くぐらい見つめたまま口を開けて固まる。

 その様子を間近で見ていた店員に思いっきり笑われ、赤面する。いつも会計してくれる店員なものだから、余計に恥ずかしかった。凄まじい動揺で最近冷え込むなとブレザーの下に着込んでいたパーカーのフードを深くかぶり、顔を手で覆った。もう、この店来れない……

 

「あ、す、すみません笑ったりなんかしてしまって!手伝いますよ?」

 

 そういいつつ慌ててレジから出てくる足音が聞こえる。

 人間はあせるとなにをするかわかったもんじゃない。リアルで起きることはなさそうなありえない出来事でも、実際起きてしまうこともあると思うんだ。その結果がこれだ。……今日は放課後すぐに本屋に寄るんじゃなかった。きっと今日は運が悪かったのだ。

 しかし事の発端は、自分のコミュ障のせいだろう。いつも本とコミュニケーションをしているような自分は、人間とのコミュニケーション出来るはずもなく、ただでさえ普通に話せないのに思わぬ声かけがあるとダメダメなのだ。だけど、今回のはいつも聞きなれている言葉だったのに起きてしまった。つくづく自分がダメすぎることに涙が出てきた。

 本当は、店で買い物をするなんてことはしたくない。だけど、本がないと読書以外趣味がないから何をしたらいいかわからないので、結局ほぼ毎日のように本屋に通っていいものをみつけたら買う、という風になる。

 ネットなどで頼めばいいだろうってことにはなるけど、結局受け取りのときに配達人と顔をあわせないといけないし、概要や評判だけをみて注文して万が一面白くない本に出会ってしまったらお金を無駄にした感がありすぎて困る。

 電子書籍とかあるけど、『データ』として存在する読み物に興味はない。紙の本で読むことに価値があるのだ。確かに便利でエコで人と顔をあわせなくて済むけど、自分は好きではない。紙は時間が経つにつれて風化していって独特のいい味が出てくるが、データにはそのようなことはない。なんというか……データな分だけ値段も少し安いので軽率に買ってしまいそうで嫌だ。

 とにかくコミュ障なので、お礼を言わなければならなくなる『手伝ってもらう』という行為をやんわり断る。

 

「いっ、いえ結構、です……」

「で、でも……」

 

 大丈夫ですから、と口には出せずに無言で小銭を拾い集め、立ち上がる。少し深呼吸をして合計が出ているところに目をむけ、ちょうどのお金を置いた。

 店員はレジに戻り本にカバーをかけ、差し出してきたので受け取る。

 

「ありがとうございました」

 

 会計の済んだ本をかばんに入れると、足早に店から出た。はぁ、とため息をついてフードを脱いだと同時に、「あ、あの!」後ろから呼び止められる。びっくりして振り返ろうとしたところ、右頬にあたたかいなにかが触れ、視界が暗くなった。

 

「…………?」

「これ、よかったらどうぞ」

 

 声からしていま別れたばかりの店員だ。息を整えながら、続ける店員。

 

「さっき休憩中に飲もうと思って時間がなくて飲めなかったもので申し訳ないのですが、落ち込んだときとかにこれ飲んだらすごい元気出るんですよ。あくまで個人的なことですが」

 

 苦笑する店員から、あたたかいそれを手にとって確認してみると、缶に入ったココアだった。

 思わず顔を上げ、そのとき初めて店員の顔が目に入った。

 人のよさそうな好青年だ。友達がいそうなオーラ満載なカレは、自分とはまったく正反対だろう。

 

「それと先ほど不可抗力とはいえ笑ってしまったので……そのお詫びも兼ねて」

 

 受け取ったココアを両手で包む。

 

「…………あたたかい」

「よかった、笑いましたね」

 

 そう言われ、自分が笑みを浮かべていたことに自覚した。……笑ったのはいつぶりだろう。

 

「いつもご来店ありがとうございます」

 

 さすがに顔を覚えられているらしい。自分はいまさっき初めてこの店員の顔を見たが、すぐに忘れるだろう。

 

「最近冷えますから、そろそろ雪が降るんですかね?風邪引かないようにあったかくしてまた来てください」

 

 ――おせっかいな人だ。

 

「そうだ、忘れるところだった!」

 

 エプロンのポケットを探って何かを差し出してきた。

 

「500円玉だけ、まだ落ちてましたよ」

 

 500円は小銭の中で一番大きいお金だから、かなりの痛手だ。店を出て行った人にわざわざ届けてくれるなんてどれだけ優しいんだこの人は。普通は自分のサイフに入れてしまうんじゃないか?

 返してもらおうと手を差し伸べるが、少し考えて手を止める。

 

「あれ?どうかしましたか?」

 

 そのまま店員の手に自分の手を重ねて握った。

 

「え?」

 

 少し高いけどココア代と親切にしてもらったお礼に500円は受け取ってもらおう……そうおもったのだが、あいにくコミュ障なくせにこういうことをしたので、余計に口が重くてうまく上がらない。

 

「――いらない」

 

 やっとのことで言えた言葉はすごく素っ気ない四文字だった。自分のコミュ障を呪いたい。いらないといわれたところで店員が困るだけなのはわかるはずなのに。

 

「ええっと……もしかして俺にくれるんですか?」

 

 どうやらいまの行動と言葉で伝わったらしい。そうだ、という代わりに小さくうなずく。

 

「でも……」

 

 本当はキモくて暗い自分なんか視界に入れたくも、話したくもないくせに仕事以外で話しかけてくるなんて、よっぽどの変わり者だけだ。この辺で去ってあげた方が得策だ。

 手を離し、会釈すると背を向けた。

 

「あ、ありがとうございます!!懲りずにまたお越しくださいね!」

 

 チラリと振り返ると、店員は満面の笑みを浮かべて大きく手を振って見送ってくれている。

 ……明日、気になっている新刊が発売する。明日も来ることになるだろう。

 ――あの店員と仲良くなれたらいいな。

 そう思い、頬を緩ませた。


お題はエソラゴト。様からお借りしました。

 

お題

創作屋さんにお題50-2 34:「本にカバーをつけますか?」